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By cizucu ·

2026年9月、中央ジャカルタのチキニ地区で開催された〈Jakarta International Photo Festival(JIPFest)〉を訪れました。会場には、写真、映像、アーカイブ、共同制作など、さまざまな手法による作品が並んでいました。
その多くが扱っていたのは、記憶、アイデンティティ、ジェンダー、戦争、環境、共同体など、現代社会が抱える問題です。
ただし、同じテーマのもとに集められていても、各作品が扱う問題は異なります。作品が生まれた土地や歴史、作家が置かれた政治的・社会的な状況によって、その意味や切実さは変わります。「RESILIENCE」という一つの言葉は、それらの違いをどこまで結びつけられるのでしょうか。
今回は、現地で見た展示と会場の特徴を手がかりに、〈JIPFest〉が示した現代写真の現在地を考えます。
〈Jakarta International Photo Festival(JIPFest)〉は、2019年に始まった国際写真祭です。主催する〈PannaFoto Institute〉は、インドネシアで写真教育や文化活動を続けてきました。会期中には写真展のほか、アーティストトーク、ワークショップ、ポートフォリオレビュー、上映、レクチャー、ディスカッションなどが行われます。完成した作品を鑑賞するだけでなく、作家が作品について語り、参加者が意見を交わし、新たな展示や協働につながる機会も設けられています。
2026年は9月11日から20日まで開催されました。会場の〈Taman Ismail Marzuki〉は、1968年に開設されたジャカルタを代表する芸術文化施設です。敷地内には、劇場、ギャラリー、図書館、アーカイブ施設、プラネタリウム、芸術大学などがあります。美術に加え、演劇、映画、音楽、文学、科学に関する活動も行われてきました。
展示は、建物内を移動しながら3つの大きな展示室を巡る構成でした。そのうち一室は、インドネシアのローカルな実践に焦点を当てた展示に充てられていました。国際的なプロジェクトと、開催地に根ざした写真表現を同じ会場で見比べられることも、〈JIPFest〉の特徴です。
10日間という限られた会期に、作家、キュレーター、観客が集まり、展示やトークを通じて直接交流します。
2026年のテーマは「RESILIENCE」です。キュレーターの〈Chelsea Chua〉と〈Yoppy Pieter〉は、この言葉を危機からの回復だけでなく、記憶や文化を守ること、ケアを続けること、環境や社会の変化に応答することまで含むものとして捉えています。
公募には58か国の作家から408件が寄せられ、キュレーターによる招待作品とあわせて、17か国から22件の写真・マルチメディアプロジェクトが選出されました。
ここでの「RESILIENCE」は、故郷に戻ること、家を失うこと、排除されてきた慣習に参加すること、信仰を守ることなど、それぞれの作家が向き合う具体的な経験として表現されていました。
ここでは「アイデンティティ」「ジェンダー」「グローバルサウス」という3つのキーワードから、展示の一部を考えます。以下で紹介する作品は、各テーマを代表するものとして選ぶのではなく、会場で見られた問題意識を具体的に捉えるための一例です。
例えば、〈Yuki Furusawa〉の《Bye Bye Home Sweet Home》は、都市開発によって取り壊されることになった祖母の家を撮影した作品です。家には、母親が幼い頃に着ていた服や、亡くなった祖父のスーツなど、長年使われていない物が残されていました。片づけの途中、祖母が一つひとつの物にまつわる出来事を語り始めたことから、Furusawaは家と持ち物を撮影しました。
Yuki Furusawa『Bye Bye Home Sweet Home』の展示風景
この作品では、アイデンティティが顔や身体だけでなく、捨てずに残してきた物、長く暮らした部屋、家族の間で語り継がれる記憶によっても形づくられることが示されています。
一例として、〈Chantal Pinzi〉の《Farīsāt: Gunpowder’s Daughters》は、モロッコの伝統馬術・Tbouridaに参加する女性騎手たちを追っています。16世紀にさかのぼるこの騎馬演武は、長く男性を中心に継承されてきました。女性たちは、馬や衣装、火薬の許可にかかる費用を自ら負担しながら、演武に参加しています。
Chantal Pinzi『Farīsāt: Gunpowder’s Daughters』の展示風景
この作品が示すのは、「女性の強さ」という抽象的なイメージではありません。誰が伝統の担い手として認められるのか、参加するために誰が追加の負担を引き受けているのかという、具体的な状況です。
〈JIPFest〉には、東南アジア、南アジア、中東、南米などから多くの作家が参加しています。その一例として、〈Ahmed Alaqra〉の《How to Fabricate a Memory?》は、長く離れていたパレスチナへの帰還と、故郷に感じた隔たりから始まります。
Ahmed Alaqra『How to Fabricate a Memory?』の展示風景
また、〈Gui Christ〉の《M’kumba》は、アフロ・ブラジル系の宗教実践と、それを守る共同体を継続的に記録しています。
〈JIPFest〉は、それらを一つの「グローバルサウスの物語」にまとめるのではなく、異なる土地から生まれた作品をジャカルタで見比べ、それぞれの違いを知る機会をつくっています。
ここで挙げたのは、展示された22件のプロジェクトのうち一部にすぎません。異なる土地で制作された作品がジャカルタに集まり、一つの作品を入り口に、その土地の歴史や社会状況までたどることができます。
その選択と配置からは、欧米を基準に世界を眺めるのではなく、インドネシアからアジアや各地域の写真を見渡そうとする視点が感じられました。そこに、この写真祭ならではの面白さがあります。






