写真を愛するクリエイターたちが語る、カメラとそのストーリー。「愛機」という存在には、それぞれの人生観や価値観が映し出されます。今回の連載では、〈Nikon FM3A〉を愛用していたハマダ ノブヒロさんが登場。
デジタルが主流となった現代においても、フィルムカメラは特別な意味を持ち続けています。撮り直しの効かない一枚に込められる感情や、その場の空気ごと閉じ込めるような体験は、写真の本質を改めて問いかけてくれます。
〈Nikon FM3A〉基本情報
〈Nikon FM3A〉は2001年にニコンから発売された35mmフィルム一眼レフカメラです。機械式シャッターと電子制御シャッターを融合させたハイブリッド構造が特徴で、電池がなくても撮影可能な信頼性の高さを誇ります。
言えなかった気持ちの代わりに
2026年現在、僕がいちばんよく使っているのはFujifilmの中判カメラです。仕事のことを考えれば、間違いなく頼れる存在だと思います。それでも「愛機」という言葉を使いたくなるのは、もう手元にはない〈Nikon FM3A〉のほうです。
あの頃、僕たちはカップルは遠距離をしていました。会える日が限られていたぶん、一回一回の時間が今よりずっと重たかった。
帰り道の空気や、別れ際の感情まで、今でもはっきり思い出せます。

Photo by ハマダ ノブヒロ
当時の僕は、「好き」とか「かわいい」とか、そういう言葉をうまく口にできなかった。その代わりに、シャッターを切っていたんだと思います。
〈Nikon FM3A〉は、言えなかった気持ちの続きをしてくれるような存在でした。

Photo by ハマダ ノブヒロ
名前のついていない時間を残す
写してきたのは、大きな出来事だけではありません。むしろ、ただ歩いた日、ただ笑った日、ただ同じ部屋で過ごした日。そんな名前のついていない時間のほうが多かった気がします。
遠距離だった僕たちにとって、「いつも通り」は当たり前じゃなかった。会えた日にしか生まれない特別なものでした。

Photo by ハマダ ノブヒロ
だからこそ、何でもない一日を残せることが大事だった。新宿バスターミナルでお互いに号泣したこともあります。そんな時間も、すべて写真の中に残っています。
不便さが教えてくれたこと
フィルムの〈Nikon FM3A〉は、その場で確認ができないし、ピントも露出も外すことがある。現像が上がるまで、うまく撮れているかもわからない。

Photo by ハマダ ノブヒロ
正直「こうだったら」と思う瞬間は何度もありますが、でも僕は、その不便さが好きでした。撮り直しがきかないからこそ、その日の光や表情を雑に扱えなかった。会える時間そのものを、ちゃんと受け取ろうとする気持ちになれたんです。

Photo by ハマダ ノブヒロ
今見返すと、ぶれている写真もあるし、少し暗いコマもあります。
でも、その不完全さが、その日の空気や距離感まで思い出させてくれることがあります。
記録ではなく、記憶のかたちへ
恋から愛に変わっていくような感覚。現実にあった時間なのに、どこか夢の中みたいに見える。
そんな記憶を残せたのが、〈Nikon FM3A〉でした。
このカメラはもう手元にありません。結婚するとき、資金になるように手放しました。ウエディングドレスを着るのが夢だと、付き合った頃に聞いていたから、その選択に迷いはありませんでした。

Photo by ハマダ ノブヒロ
それでも、僕が写真に何を残したいのかを教えてくれたのは、このカメラです。大きな出来事より、戻ってこない今日の手触り。名前のついていない時間を未来に渡したいという気持ちは、今も変わっていません。
写るのは、積み重ねてきた日々のほんの一部。でも写真は、その記憶をそっと記録に変えてくれる。人生は、思い出せる日々で作られているのかもしれません。

ハマダ ノブヒロ
15歳の頃から 初恋の妻を撮り続けて
cizucu:ハマダ ノブヒロ
Instagram:@photog_hiro

