独自の視点で写真表現を追求する人物へのインタビューを通じて、創作の原点や思想、制作プロセスを掘り下げ、世界中のフォトグラファー・フォトメディアに新たなインスピレーションを届けます。
世界を舞台に活動し、現在は『 Helmut Newton Foundation 』のディレクター兼キュレーターを務める〈Matthias Harder〉。その創作の原点、そして大切にしてきた思想と視点を、今この時代に言葉としてアーカイブに残していくことは、これからの写真文化の一端を支えていくはずです。
今回の「10の質問」を通して、その表現がかたちになるまでのプロセスに迫ります。

@ David von Becker
Matthias Harder
古典美術史を専門とし、在学中には写真史を専攻。1990年代当時、まだ新たな領域であった写真史にいち早く取り組む。博士論文の執筆と並行して、アート誌や展覧会カタログに向けて美術・写真に関する執筆を開始し、現在に至るまで幅広く活動を続けている。
20年以上にわたりキュレーターとして経験を重ね、直近7年間はヘルムート・ニュートン財団のディレクターを務める。ヘルムート・ニュートン本人により生前に直接採用された経歴を持ち、その職務を責任であると同時に名誉として担い続けている。
Q1. Helmut Newton Foundationの設立背景、現在の活動内容、および運営理念について教えてください。
2003年10月、亡くなる数か月前に〈Helmut Newton(ヘルムート・ニュートン)〉はヘルムート・ニュートン財団(HNF)を設立しました。目的は、自身の写真作品、そして妻である〈June Newton(ジューン・ニュートン)・別名 Alice Springs(アリス・スプリングス)〉の作品を保存し、提示することです。
財団は2004年夏に開館し、それ以来ベルリンでの展覧会には200万人以上が来場しました。2021年にジューンが亡くなった後、二人の写真家のアーカイブ全体がベルリンに保管されています。創設者の意向により、HNFは「死んだ博物館」ではなく「生きた機関」であるべきとされています。

©︎ Gerhard Kassner | nstallation shot, Helmut Newton Foundation, Berlin
そのため各展覧会では、ニュートンの挑発的で革新的なイメージを、同時代最高峰の写真家たちの作品と対話させる形で提示してきました(David Lachapelle、James Nachtwey、Larry Clark、Ralph Gibson、Greg Gorman、Frank Horvat、Mario Testino、Guy Bourdin、Sarah Moon、Paolo Roversi、Robert Longo、Vanessa Beecroft、David Lynch、Saul Leiter ほか)。
この「対話」は今後も継続していきます。
Q2. Matthias Harderさんおよびヘルムート・ニュートンが、一貫して活動の中核として大切にしてきたキュレーションの哲学やテーマは何ですか?
ヘルムート・ニュートンの作品世界は、質・量ともに真に並外れており、コレクション全体が財団のアーカイブに収蔵されています。私は新しい展覧会のたびに、この豊かな宝庫のある側面に焦点を当て、それを新たなキュレーション・コンセプトの出発点としています。
たとえば近年は、ベルリンの出生地や、1980年代以降滞在したシャトー・マーモントのあるハリウッドなど、ニュートンが暮らし影響を受けた「場所」を掘り下げました。そして選んだ同時代作家のグループ展を併設し、その場所と向き合う実践の全体像を示しました。
また昨年の「Dialogues」展では、ウィーンの重要な写真コレクションに対してニュートンの写真で応答し、66点の二連作(ディプティック)を壁面に並べ、内容・形式・雰囲気の共鳴を可視化しました。中には、ウィーン側の写真アイコンがニュートン作品より100年前に制作されたものもありました。
この実験は私に大きな喜びをもたらし、来場者にも好評でした。

©︎ Gerhard Kassner | nstallation shot, Helmut Newton Foundation, Berlin
Q3. 展覧会はどのようにして形になるのでしょうか?最初のコンセプト設計から開催に至るまでの制作プロセスを教えていただけますか?
すべては、ニュートンの仕事のある特定の側面に関わるアイデアから始まります。私は直近で、5月と6月に開幕する2つの展覧会を並行して準備してきました。
ひとつ目はニュートンの「車」の写真に焦点を当て、北イタリア・コモ湖で行われる、格式高いクラシックカー・レースの一環として開催されます。ニュートン自身もかつてそこで多く撮影しており、これもキュレーション上の実験です。モチーフは特殊なフィルムにプリントされ、美しいヴィラ・オルモの庭にあるパネルへ、初めて屋外展示として設置されます。通常は世界各地の美術館へ作品を貸し出し、空調の効いた薄暗い室内で展示されます。
ふたつ目は2026年6月 ~ 11月、当財団で「Rooms / Stages(部屋/舞台)」展として開催します。ニュートンは舞台美術家のように部屋を「舞台」へ変えた作家であり、その遷移(部屋→絵画空間→舞台)を、ニュートンのセクションと、同時代作家12名によるグループ展の双方で提示します。
Q4. あなたたちが表現と発信を続けている原動力が知りたいです。それが現代社会においてどのような意義を持つと捉えているかも教えてください。
ヘルムート・ニュートンの熱心なファン・コミュニティは今も大きく、ベルリンの当館だけでなく、各地で開催する展覧会にも来場します。没後20年以上が経った今も同様です。
財団活動のモットーは「keep him alive(彼を生かし続ける)」で、私たちはその点でかなり成功してきました。生前のニュートンは史上もっとも広く出版された写真家の一人と言ってよく、私たちが死後も大量部数で刊行し続ける書籍、そしてSNSによって、さらに多くの観衆へ届いています。

©︎ Gerhard Kassner | nstallation shot, Helmut Newton Foundation, Berlin
ニュートンの作品は常に同時代的でしたが、今や時代を超えたクラシックになりました。異なる世代の多くの作家が彼の視覚的アイデアを受け継ぎ発展させており、彼は今日も生きた影響力を持っています。
Q5. これまで手がけてこられた数多くの展覧会やプロジェクトの中で、特にご自身にとって思い入れの深いものをひとつ教えていただけますか?
もちろん、ここで私が手がけた展覧会はどれも愛着がありますが、壮大な回顧展『 HELMUT NEWTON. LEGACY 』は突出して特別でした。
来場者はニュートンの数々の象徴的イメージだけでなく、多くの驚きに出会えました。美術館1階の展示空間全体を使い、ベルリン生まれの写真家の生涯と視覚的遺産を年代順にたどりました。約300点の作品のうち半数は初公開で、これまであまり知られていない側面—たとえばより実験的なファッション写真—も提示できました。

©︎ Gerhard Kassner | nstallation shot, Helmut Newton Foundation, Berlin
展示は、ポラロイドやコンタクトシートで制作過程を示し、特別出版物、アーカイブ資料、作家の言葉も添えられました。本展に合わせてTaschenから新しいモノグラフが刊行され、複数国を巡回する大成功となりました。
Q6. AIの時代において、写真や美術館といったメディアはどのような役割を果たすべきだと思いますか?
私たちキュレーターは、AIがあろうとも、とにかく続けるしかありません。精密に構成した写真展を通じて、写真というメディア固有の「オーラ」や唯一無二の真正性を、人々に説得力をもって示し続ける必要があります。
もちろん今後は、目にするあらゆる画像について真偽を検証する、あるいは少なくとも問い直す姿勢がいっそう重要になります。ただ、操作(加工)は昔から存在していました。過去にも、失脚した人物が写真から消されたり、他者が芸術的にコラージュしたりしました。

©︎ Gerhard Kassner | nstallation shot, Helmut Newton Foundation, Berlin
私は楽観的です。AIは、おそらく道具に留まるでしょう。かつてのハサミや、その後のPhotoshopのように。
Q7. ドイツの写真・アートシーンにおいて、美術館として特に重要だと感じている動きやコミュニティはありますか?
このシーン全体は常に進化しており、その速度は増す一方のように見えます。芸術メディアやジャンルは重なり合い、融合します。あらゆることが同時に起こり、SNSを通じて瞬時にアクセス可能です。国内・国際・グローバルを問わず、アートと写真で起きていることを追い続け、平静を保つのは非常に難しい。私たちは、この加速する世界に対し、サステナビリティへの集中によって対抗すべきだと思います。
私はドイツのシーンを注意深く見ていますが、現時点では新しいトレンドを明確に見出せてはいません。

©︎ Gerhard Kassner | nstallation shot, Helmut Newton Foundation, Berlin
Q8. 他国の写真メディアやクリエイティブシーンから、影響やインスピレーションを受けることはありますか?
私は主にヨーロッパを中心に頻繁に旅をします。教師、講演者、審査員としても仕事をしているためですが、もちろん行く先々で周囲を見て回る機会をつくります。
フィンランド、フランス、イタリアの現代写真シーンは確かに興味深いものの、私を刺激するのはデュッセルドルフのベッヒャー派(1970 ~ 80年代)のような「学派」ではなく、常に個々の写真家です。
また私は古典的訓練を受けた美術史家でもあるので、彫刻、絵画、素描、さらにはパフォーマンスやダンスなど、他メディアにも自然と関心があります各メディアには固有の特性があり、私たちを揺さぶり、あるいは魅了します。今年の夏にヴェネツィア・ビエンナーレを訪れるのをとても楽しみにしています。ほぼあらゆる国の表現が並置され、横断的に見渡せる場所だからです。
Q9. あなた自身として、今後ご自身が取り組んでいきたい課題や挑戦、そして美術館の長期的なビジョンについてお聞かせいただけますか?
私たちは、20年以上にわたりヘルムート・ニュートンの生涯と作品を紹介してきた1階の常設展示を、このたび大規模な没入型フィルム・インスタレーションへ置き換えました。さらに展示空間の奥には、ニュートンと妻ジューン(=アリス・スプリングス)の略歴を壁面に掲出し、過去の展覧会ポスター100点以上、当時の雑誌をケース内に展示しています。

©︎ Gerhard Kassner | nstallation shot, Helmut Newton Foundation, Berlin
この新エリアも、今後ときどき内容を更新しつつ、約2年後を目途に、同じくらいダイナミックな新しい常設展示を開発・設置する予定です。4年前にはアーカイブ全体をモナコからベルリンへ移し、以来、小さなチームで整理・目録化・一部のデジタル化を進めています。大仕事ですが、その過程で素晴らしい新発見が次々と見つかっています。
まだまだ探求すべきことは多く、私は今後数年に向けて、多彩で興味深い展覧会プログラムを構想しました。財団への訪問は、いつでも価値があります。
Q10. 最後に、世界中のクリエイターやアート関係者の皆さんへ、ヘルムート・ニュートン財団からメッセージをお願いします。
すべてのアーティスト・写真家はインスピレーションを得るべきですが、最終的には可能な限り個人的で、とりわけ「真正(オーセンティック)」な作品を生み出してほしいと思います。
抽象でも写実でも、どのジャンルであってもです。もちろん、20世紀末のニュートンの時代から、画像の制作と流通の条件は激変し、生計を立てる機会も変わりました。
ニュートンは、しばしば急進的で異例な視覚アイデアによって、ピクチャー・エディターをはじめとする多様な人々を鼓舞し、その中で多くの同士を見つけました。
これは今日にも当てはまります。ネットワークを築き、チームで働きつつ、同時に自分だけの独自のスタイルをつくってください。

